学生の頃、海友Sと共にひたすらに素潜りをしていた。
ダイビングサークルにいながらも常に頭の中は素潜りで一杯。電車の中や授業中、試験中には息堪えの練習をしていたし、Sと出会えば大抵は素潜りの話やジャックマイヨールの話、海についての話をしていた。居酒屋に行ってもやはり話題は海だったし、素潜りだった、勿論たまには女の話なんかもしてたけど。
海の深みに至る。
ひとまずは水深30mまで潜るのが目標だった。
授業をサボって海に行くのは当たり前だったし、海外に行っても潜る=素潜り、でついでにダイビングをするってスタイルだった。4年間だけでどれほどの海で素潜りえをしてきたことか、数えてみると20は優に超えている。Sと二人でメッシュを担いで素潜りポイントを探してはひたすらに潜った。琴ヶ浜、江ノ島、三浦半島、伊豆半島、御蔵島、八丈島、宮古島、石垣島、与那国島、小笠原、アポ島、タオ島、、、とにかく海があれば3点持って素潜り!それ以外あんまり考えてなかったな、、、。
学生のときは素潜りをしていることが妙に誇らしく素潜りをしているって事実だけでなんだか満ち足りた気分や特別な存在になったような気がしていた。素潜りのあの感覚をあの快感を知らない人を見るとかわいそうだなとも思っていたし、自分が知っていることに優越感みたいなものを感じていた。それほどまでに海は魅力的だった。
今日はほんとに久しぶりに素潜りをした。夕方にほんの30分程度だったけど十分に思い出した、あの感覚を。
夕方の海に一人で潜ってみると楽しさや快感と同時に畏敬や畏怖の念が襲ってきた。海に身ひとつで潜るとき誰しもが孤独を感じるのではないだろうか。海の大きさに対して自分があまりにも無防備でちっぽけな存在だと海は優しく教えてくれる。
ダイビングをしていては絶対に味わうことの出来ない海との一体感。それが海へ潜ることの原点だった。海を感じることこそがすべてだったんだ。思い出した!
クルマダイ 大瀬崎 湾内 水深35m iso200 f11 s1/15
ダイビングの魅力はこんなにもかわいらしい生物をじっくりと観察できること。このクルマダイ深いけどほんとに癒し系。この写真は結構満足してたけど拡大してみるといまひとつだった。もう一度会いに行かないと、、、。
写真を撮ることは本当に楽しい。だから思わず夢中になりすぎて海を感じることを忘れてしまうことがある。それなりに良い写真が撮れると興奮するし良い気分になるんだけど、夢中になりすぎるて、海に潜る=写真を撮る、になると海が与えてくれる大事なものを受け取れていないような気がする。
もっと海を感じなくては。最近それを忘れがちになることが残念だ。
「海に溶ける」
それがSとの合言葉だったことを思い出した。